日本市場におけるPixel 7シリーズの販売差し止め
東京地方裁判所は2025年6月、Googleが販売するPixel 7シリーズに対し、Pantechの特許を侵害していると認定し、販売差し止め命令を下した。対象となったのはPixel 7およびPixel 7 Proで、日本国内における販売、輸入、広告、展示が一切禁止されることとなった。Googleは、日本の公式ストアから該当製品のページを削除し、直販を停止している。

差し止めの根拠とされたのは、携帯電話の通信技術に関する特許であり、LTEの実装に不可欠とされる、いわゆるSEP(Standard Essential Patent:標準必須特許)である。裁判所によれば、GoogleはPantechからのライセンス交渉に応じず、正当な対価を支払っていなかったとされる。

これを受けPantechは、後継機であるPixel 8およびPixel 9についても同様の差し止めを求める手続きにはいたと報道されており、事態は拡大する可能性を孕んでいる。日本国内における特許訴訟において、外国企業が販売禁止措置まで受ける事例は極めて稀であり、今回の判決は異例の厳しさを示している。

 

知財戦略の転換とスマートフォン市場の構造的変化
この背景には、スマートフォン業界において知的財産(特に標準必須特許:SEP)の使われ方が、単なる技術保護の手段から、企業戦略や収益源としての位置づけに変化してきているという現象がある。

Pantechはかつて韓国第3位のスマートフォンメーカーとして一定のシェアを誇っていたが、2017年に事業から撤退し、現在は主に特許収益化(Patent Monetization)事業に特化する企業グループの傘下にある。製品開発を行わず自社が保有する多数の特許の中から、国際標準に不可欠とされるSEPを抽出し、それを使用している通信機器メーカーに対して、製品販売の対価としてライセンス契約を求め、収益を得ている。

さらに、日本市場におけるPixelシリーズの成長も無視できない要素である。Googleは近年、日本を重点市場のひとつと位置付け、2025年第一四半期に国内販売シェアでApple、Samsungに次ぐ3位に浮上するなど、同社の存在感が高まっていた。

今回の裁判では、Google側の対応姿勢も裁判所の判断材料の一つとなった。Pantechからのライセンス交渉の申し入れに対して、十分な対応がなされなかった点が「信義則に反する」と評価され、単なる技術的な侵害の有無にとどまらず、交渉過程の姿勢も判断に影響を与えたと見られている。こうした状況下での販売差し止めは、Googleの日本市場における展開にとって障害となる危険性をはらんでいる。

 

特許紛争が企業戦略に与える影響とPixel 7の販売差し止めから見える教訓
今回の販売差し止め措置は、Googleの短期的な出荷計画には限定的な影響にとどまると見られるが、中長期的には同社の日本市場戦略に再考を促す契機となる可能性がある。Pixel 7シリーズに限定された措置とはいえ、後継機種への拡大リスクが取り沙汰されており、Googleにとっては、今後の製品展開や販促活動において、より一層の柔軟性と機動力が求められる状況になっている。

今回の事案を通じて明らかになったのは、通信業界における特許技術の位置づけに変化が生じているという点である。標準技術を支える特許が単なる法的権利にとどまらず、製品流通や市場戦略に直接的な影響を及ぼす手段として用いられる可能性があり、各社にとってはその対策がますます重要になっている。

特質すべきは、このニュースは日本国内であまり報道されていないという側面がある。しかし今回の販売差し止めは、単なる特許紛争を超えて、グローバル企業の市場浸透における制度適応力と危機管理のあり方を問い直す機会でもある。

執筆:宮下洋子(シニアコンサルタント)

 

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